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水曜日。強めの薬を飲んだお陰で、ほぼ5日ぶりに熱いブラック珈琲が飲みたくなった。体調が戻って来た証拠だろう。特に日曜から月曜日に掛けての18時間が辛かった。全身汗だく3度の着替え、その間2リットルのポカリスエットを飲み干し、それでいて横になれば睡眠は延々と続く。洗濯や食事はいつもより義務化され面倒になる。独り者である事を呪いながら、思考はネガティブにスパイラルを描いていた。何でもない事が幸せだったと思う。高橋ジョージはよく言ったものだ。
そもそもこの風邪の原因は、間違いなく玉撞き屋に於いてである。僕と同じくして先週末、そこの店主も寝込んだし、その日いた数人も今も尚苦しんでいる。症状が喉から来る風邪だという共通項があるその出処と言えば、それは間違いなく雀士のI氏であった。今のご時世に、麻雀とパチンコで食っている人だ。
I氏は年がら年中咳き込んでいて、やれ胃が痛いとか背中や足が痛いなどと言っている。病院に言った方がいいですよとか、ちゃんと睡眠を取った方がいいのにと言う周りの忠告をよそに、ほぼ毎日同じ生活サイクルを繰り返している。昼前からパチンコ屋にいて、夕方から夜まで玉撞き屋にやって来る。面子が集まる20時過ぎには「本業」の雀荘に向かい、おそらくそれは朝まで続く。
その筋の話しによれば、どうやらI氏は神戸伝説の雀士の一人らしい。昔は大きな勝負も頻繁にあって、所謂修羅場を何度も潜って来たそうだ。僕はギャンブルと言われるものを基本的にはやらない。パチンコ、競馬競輪競艇、宝くじに至るまでどれにもハマる事がなく、唯一ビリヤードだけは10代の頃からのめり込んだ。たまたま10代にそうだったから麻雀を覚える暇もなく（ラグビーもやってたし）過ごしたが、今になって思えば、麻雀はどこか玉撞きと似ているし（知らない相手と、腕に自信があれば同じテーブルを囲める勝負の場）僕もハマる可能性があった。
玉撞きに関しては一家言ある僕だから、学生の頃周りにいたハスラーもどきの「それで食っている人」の匂いは今でも覚えている。そう考えると、確かにI氏には片鱗がある。今のところ玉の腕は少し僕が上なのだが、相手はほぼ毎日撞いているだけに、現役から離れて久しい僕とはもうそれほど差はない。あるとすれば、プロや質の高い人と撞いた、それを目の前で感じ「シビれた」経験の分くらいだろう。
I氏のココ一番の集中力は凄いし、まず入れる穴のない玉をフロック（偶然）でも入れてしまうケースが多いのは、普通の人より「何かを持っている」のだと思う。そもそもフロックが出ると、多くの人はその次の玉をヌイてしまう。狙い通りではない罪悪感や、ラッキーだと喜びながら次に向かうと集中力が切れるのだ。それは難球と呼ばれる、プロでも難しい配置の玉を入れた後にもよくあるケースで、メンタルの強い人はその後でも平然と最後まで取り切る事ができる。この人にもそういった面があり、何かを持っている感がビシビシと伝わってくる。
何より、ポーカーフェイスだ。それはメンタルの重要なギャンブルには資質と言っていい。怒っているのか笑っているのか、辛いのか緊張なのか、見ただけでは分からない。ボソッと時折話しをするが、基本的に愛想がいい方ではない。捕らえ所のない顔と言えばそうだし、単に強面でもある。独特の空気は堅気のそれとは違い冷たいもので、「節制」とか「規則正しい」とかいう言葉はこの人にはない。
だから玉撞き屋は面白い。マチではすれ違いはすれど出会う事のない人々がたくさんいる。言葉を多く交わさずとも、その「玉」で認め合える。しかし残念ながらここ最近は皆体調が悪くなり、僕を含め常連はそこに顔を出していない。
店主に聞けば、あれから毎日そこにいるのは、I氏だけだという。
※今日のヒトコト
【 そのタフさも、伝説になるのだろう 】
※志賀氏的伝言板
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