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■ 変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
中毒性日記2003
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキゥーッ
志賀、昼の顔。
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加納町人間交差点〜地図にない店の物語
Part II【プレイボーイ編】
第五話「ルージュ」
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神戸には、大きく三つに分かれる埋め立て地がある。六甲アイランド、ポートアイランド、そしてハーバーランドと言う。横浜のみなとみらいに行ったときに少しハーバーランドに似た感じがしたが、あそこほどロケーションはよくない。デザイン性に富んだ建築物、ショッピングモール、特に魅力ある宿泊施設を充実させなければ、埋め立てて作られた場所に人は集まらない。何度も行くことはなく、そこに居座ることもない。そんな意味では、今のハーバーは少し寂しい。

今から10年ほど前に、ハーバーランドは出来た。そして2年半後に震災、しかし新しい街の復興は三宮や元町に比べ早かった。あそこには、唯一の宿泊施設があって、震災前に僕はよくそこを利用した。泊まったわけではない。当時、そこから自転車で10分以内の見晴らしのイイ場所にすんでいた男からすれば、わざわざそこに泊まる必要もない。その最上階にあるバーを使ったものだ。

ホテルのバーのメリットは、干渉されない日常からの解放、そして安心できるサービス、誰もがドラマの登場人物にも似た恥ずかしいセリフを、いとも簡単に吐き出せることだ。必要以上に演出はいらない。そこにあるものは、酒と少しのアペタイザー、微かに流れてくるわきまえた会話というBGM、
そして……二人だけだ。

彼女と出会ったのは、駅から一番近い商業施設のフロアにある絵画のギャラリーだった。フランスから日本へ初出店のその店は、気鋭の若手画家の作品が多かった。華やかな色彩を持つクロード・マニュキャン、ゴルフ場の鮮やかなグリーンを描く自らHCP0のアマチュアゴルファー、ジャック・デペルト、エーゲ海の建築物を立体感溢れる独特の手法で見せるカルスザン、その他、クリムトもワイズバッシュも並んでた。男はそこで、大人として初めて絵画というモノに出会い、魅せられた。もちろんその一因に、店員であった彼女をなくしては語れない。

酒も程々に、他愛のない会話というものの中にほんの数秒だけ、男女の想いは見え隠れするものだ。これを駆け引きだと言う者もあれば、折衝だと言う輩もいる。女を口説けないヤツは仕事も出来ないという考え方は、ある意味に置いては理解できる。その女性を口説く時間を迎えるために、男はその日の仕事を片付けた。この一週間仕事に全く手を抜かずに、この日に想いを馳せた。パワーになった。そんな女性だった。

「そろそろ行こうか」

お互いの気持ちが、会話の中の「ほんの数秒」に確認できた二人に、それ以上の言葉は必要ない。そしてこんな時に女性は必ずと言っていいほど、ウォータークロゼット、所謂手洗いに行く。男性に支払いのスマートさを与えるために、そして化粧をし直すために。これは一種のマナーと言っていい。頭のいい、美しい女性というものはこうでなければならない。

キャッシャーを過ぎた廊下にトイレはあって、男女それぞれ左右にドアがある。彼女はまだ外にはいない。女性トイレのドアが開いて、見知らぬ女性が出てきた。その隙間の奥に、彼女が鏡に向かって口紅を塗る姿が見える。締まりかけたドアを左手で押さえ、男は鏡越しに映る彼女に声を掛ける。

「何をしてるの?」

彼女は驚いた表情をしながらも、振り返りもせずに大人の女性を気取る。

「口紅を塗ってるところ」

男は他の女性の気配がないことを確かめて、そのまま中に入る。鏡に映った彼女は流石に今度は鏡を見たまま驚いて、口紅を塗るその手を止めた。

「もう一度塗ればいい……」

そう言うと男は、彼女の顔を半ば強引に振り向かせて唇を奪った。 一瞬強張った彼女の両手は崩れ落ち、ルージュのカランッという音だけが密室に響いた。


第五話「ルージュ」 完


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