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■ 変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
中毒性日記 2001
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキゥーッ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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加納町人間交差点〜地図にない店の物語
Part I 【ハードボイルド編】
最終章「カバンの中身〜Rich&Happy Life」
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神戸旧居留地。この街は元町と三宮の間、海側に東西に広く位置したところにある。日本で唯一と言われる、駅への地下道が存在しない百貨店・大丸、その西側は中華街、南に歩けばメリケン波止場のある公園。異国情緒漂う街並みは、日頃の喧騒とは全く別物の、活気とドラマに満ちあふれている。この街で、映画の撮影や、男女のカップルが多いのも頷ける。

貸金庫は大丸から東、最近統合された大きな銀行の中にある。他では余り見られない、正面入り口と随所に配備された警備員。それ程、ここは広かった。居留地らしい建築様式、当時の外観を残しながら内装はモダンに、天井は高く、高級感溢れる床・壁材。他の銀行に比べると、いつもより背筋を伸ばしてしまう。ステイタスも上がったような錯覚を起こしそうな場所である。

どれくらい眠っていたのだろう。梅雨の狭間、今日はいい天気のようである。車のパネル、アナログ時計は午前9時を過ぎている。朝のドライブは終わり、彼は狭い車内でハリバートンに添い寝していた。その銀行の正面玄関南側、東行き一方通行の道路に車を停め、銀行のオープンを心待ちにしながら…。百貨店や旧居留地のブティックはまだ開店前である。人通りも通勤者くらいのものだ。重いカバンと胸ポケットにしまった封筒と共に、少し複雑なドアの開け方を要するTVRから降りる。間口の広い石の階段を上がる。大きな自動ドアが開き、シーンと静まりかえった行内に「いらっしゃいませ」の声だけが響く。別に悪いことはしていない。彼は自分に言い聞かせながら一歩、また一歩と貸金庫に向かう。

正面エスカレーターを上がった左側に金庫の表示がある。その動く階段をすぐさま駆け上がりたい、逸る気持ちを押さえながら日常の行為のごとく彼はそのスピードに身を任せる。あの男が置いていったカバンと封筒。たった何時間か前の出来事なのに、ずっと前のことの様な気がする。エスカレーターを上がりきるまでにそんな思いが交錯した。

2Fに着く。金庫はもう目の前だ。まず中に入るためにはカードキーを差し込み、IDを入力する。「1…9…5…5」慎重に押す。皮肉にも自分が店のようにカードキーを使うとは思わなかった。こんな緊張感を持って店に入るわけではあるまいが。映画で観た、指紋照合や網膜チェックはなく、いとも簡単にドアは動いた。いよいよこの鍵で金庫を開ける。中のボックス、奥行きが50cmはあろうか。高さ10cm、幅は30cmにも満たないスリムなそれは「カチャッ」と音を立てて引き出される。エアコンの利いた、冷たい空気のこの部屋に一人。テーブルに置かれたボックス。中にはフランクミューラーの腕時計、モンブランの万年筆(こいつはずっと欲しかったものだ!)、エステーデュポンのシガーライター、そしてまたも一通の少し重みのある封筒が入っていた。電話から電話へ走らされた「ダーティーハリー」ハリー・キャラハンの気持ちが解るような気がした。

「君がこの封筒を開けるとき、私はすでにこの世にはいないかも知れない。そしてこの鍵で預けたケースを開けてくれたまえ。その中のものは君に『富と幸福』を与えるものとなるであろう」傍らにあるゼロ・ハリバートン。新しい持ち主を歓迎するかのように、そいつはキラッと光ったように見えた。

なるほど男の携帯は繋がらず、やはり彼に異変があったのかもしれない。ここではやばい気がして、そのまま店に向かった…。
外界から遮断されたこの店は、昼間には寂しすぎる。まだ店に入るには早い時間ではあるし、こんなことは滅多にないことだ。彼の遺志?に沿って鍵を入れてみる。かなり重いハリバートン。『富と幸福』を与えるかであろうその中に、大いなる期待と緊張を抱き私は対峙した。何がこれから起きるのか、このパンドラの箱を開けることで……。


そこには想像されたものとは別物の、10数枚の石の板がご丁寧に固定されていて、またしてもメモが入っていた。

「最近、新しい事業を始めた。大理石をこんな風に薄く、ローコストで加工できる技術がある。君の店に使ってみないか。これを使えばカッコいいカウンターになって、行列の出来るバーになること間違いない。連絡待つ」

彼は行列を望むどころか、古ぼけた木のぬくもりのあるこのカウンターを変えるつもりはない。彼にとっての『富と幸福』とはそんなことではない。ここには、短いながらもその小さな歴史が刻まれている。大理石ほどではないけれど、味わい深くまだじゅうぶんに光り輝いている。そう、彼と共にスリルある一日を過ごしたパートナー、あのジェラルミンケースのように。


「加納町人間交差点〜地図にない店の物語」Part I 【ハードボイルド編】




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