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■ 中毒性日記 2008
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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震災から13年のニュースが流れると同時に、一気に寒くなった。どうやら金曜朝は氷点下らしい。しかしあの日に比べれば、電気もガスも水道も使えるし、情報だって過多ほど無数に取り出せる。この至便が生きるチカラをダメにする様に。

元町に買い出しに行く。その後、無性に温かいものを食べられる幸せを、温かい店で味わいたくなった。洋食店「双平(SO-HEY)」へ。エビとロースとミンチの挟み揚げカツ。ご飯お代わり、あっさりと完食。風変わりなメニューは「僕が食べたいモノ」とオヤジさんは言う。「他も、全部食べたいモノやけどな」と笑う。

20時閉店と少し早めの店だから、19時半にはほとんどお客さんが引けていて、いつもの様にそこからはご夫婦との会話を楽しんだ。実はどちらも話し好きである。オヤジさんは外国の童話に出て来る時計職人の様であり、奥さんは平野レミの様である。テレビの取材があった事が嬉しそうで(今年に入って2回は出てる)、新しいサイン色紙が増えていた。バーにはまず見られないディスプレイだが、このご夫婦の店なら許せてしまう。雑誌にしても新聞にしても、自ら載せてくれとは営業しない店であり、当然クーポン誌にも掲載されていない。来てくれた人に、そのペースを崩さずにいつもの料理を出すだけだと、二人して大笑いする。

一般に人は現金なもので、味が落ちたと言いたがる人も多い。多店舗展開すれば「本店の味が一番」だと自慢げに言い、先代が亡くなったら「オヤジさんは職人だった」と嘆く。実際の所そういった店も多いから、一概に「言いたがる人」のせいばかりにはできないが、店というものは更に今よりも、もっともっとこうしようと、日々変わる事を目指しがちである。いつかの記憶にまたそこに足を運んだお客様が、実は同じ空間や人、味を期待して行ったのに何かが変わっていた。そんなお客様と店に立つ人間とのギャップに、人は付いたり離れたりするものだ。

しかし店に立ち続け、人に必要とされる事を感じる度に、「更に美味くするのではなく、味を落とさない事」だと気付く様になる。だから久しぶりに来るお客様なほどに、少しばかりの気合いが入る。少なくとも双平さんと僕は同じ想いだった。

例えば店がインテリアデザイナーの手により作られたとしても、その細部に渡り、自分の想いやこだわりをちゃんと説明できればいい。しかしどうやらその店主とは裏腹に、店やマチはストーリーや繋がりがなく作られて行く時代になった。それはいつか書いた様に、そこに店主が住まなくなった生活事情にもあるのだと思うが、そればかりは仕方がない。ただ、店と店に立つ人間が同化していない場所ならば、それは創造された店ではなく、作為的な店になってしまい違和感がある。

「これは、なぜそこに置いてあるのですか?」

そういう質問を店主に投げかけた時に、即答してくれる店がいい。
自分の家なら言えるはずなのに、店の事は解らない店は好きではない。

僕は応えられる店でありたいと思うし、双平さんはそういう店である。


※今日のヒトコト
元町商店街は西に行くほど寂しい 何とかしたいな、あの辺りを…

※志賀氏的伝言板
多分夕方、お好み焼き食べに行きます!


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