www.bar-shiga.com
■ 中毒性日記 2007
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
ホーム >>>
11/07「僕の生き様は手堅くない」 バックナンバー >>>
火曜日夕方店の向かいで玉を撞いてからいつもの中華に行くと、そこの18歳の息子が「デンワリョウキンハラッテキマス」と上着を羽織り出て行った。あの店は家族でやっているので、料理人の父とホール担当の母親もいる。なぜ僕にそう言って出て行ったのか、よく解らないまま席に着いた。平和な夜である。

来年に向けたプロジェクトの「説得力のある」企画書を仕上げなければならない。もう少しで終わろうとしている今年は東京での仕事も幾つかしたが、ベースはやはり神戸にある。そのまちづくり、魑魅魍魎、蠢くものが少ない都市計画に関わる事ができるのも有り難い事だ。加納町のバーマンだけでは満足せずに、睡眠を削ってでも日中に動く。いや、正直言うとあんな好き勝手にやっているバーを維持するために昼も働いている。もっと言えば、そのどちらも好きなのだ。

物心ついた頃から、「他人とは違う」ということが個性だと突っ走って来た。小学校では、周りではあまりやっていなかったラグビーを始めたし、中学で流行ったMSG(マジソンスクエアガーデン)のバッグも持たず、当時では珍しかったPUMAのバッグにした。高校では洋楽を中心に聴き、松山千春やオフコースは知らないフリをした。大学はラグビーとどっちが大事だと言われるほどに、毎日朝までビリヤード、玉撞きをした。平均すると5時間は撞いていたと思う。お陰で、学生では覗けない世界を垣間見る事ができた。

まず出会わない世代を超えた人々と交流が持てる事が楽しかった。ちなみに玉撞きで印象に残っているのは、滅茶苦茶ハートに来る玉を見せる義足のタクシー運転手、ロカビリー仕様の出で立ちの背が小さいくせにとんでもない引き玉をするジミーさん、ボウラード(ボウリングと同じ様に10フレーム撞くゲーム プロテスト必須)のパーフェクトを目の前で見せてくれた玉撞き屋の息子等々。

どこかで書いたが、アルバイトはたくさんした。家庭の事情もあったが、玉撞きと同じく、色んな世界を知ることになった。あの経験は今に活きていると思う。

牛乳配達(小学校の頃 自宅マンションだけだったけど)、中国に送るモーターの流れ作業(高校時代 冬の短期バイト)、リース観葉植物の配達(祇園のラウンジやスナックを回った ラグビージャーナリスト、大学同期村上とやった)、ブティックの販売員(JUN、DOMONを扱う河原町のショップ)、マクドナルドの夜間清掃業(山科にあった 23時閉店後の朝まで清掃業務 要領を知れば2時間で終わる、高給バイト)、割烹料理屋のホール(元ヤクザのおじさんと知り合い、忘れられない夏になった)、ホテルのバンケット配膳(年末年始の短期 これでホテルへの道が開けた)、カフェバーの店員(三条木屋町にあった 当時オシャレだと言われた店 系列店にディスコがあったので、そこでも働いた)…。

大きな声では言えないけれど、玉撞きもちょっとした「バイト」だった。どこかの社長さんや、土木作業員。オシャレなヘアスタイリストや飲食店経営者。他にも色んな人がいたが、職種ステイタス関係なく、同じルールで花台(メインの賭けテーブル)に向かった学生の僕。何度もバイト代が飛んで行くほどの負けを味わった。悔しくて悔しくて、練習もした。堅い玉と面白い玉というものがビリヤードにはあって、僕はアクションのある後者を選んだ。手堅い勝ちより、派手に負けた。

お陰でその後は安定を迎え、あの頃の僕は学生にしては小遣いがあったと思う。でもそれは貯めるほどのものじゃなく、更に玉の腕を磨くために費やすお金だった。

体育大学でラグビーをしていた僕は、アルバイトと玉撞きにも目一杯時間を使った。特に玉撞きという世界は、突然そこからいなくなる人がいたりしたが、鮮烈に印象を僕に残した数々の顔を思い出せる。

その好きだった顔は、決して手堅くそつなくこなす玉ではなく、ずば抜けた個性が玉に乗り移ったかの様な玉撞きをする顔だった。

僕がこの三宮というマチで、そんな顔になれるといいなと思ってる。


※今日のヒトコト
実は玉撞きが面白いと思った事はない  表現の場なのだと思う】

※志賀氏的伝言板
日曜、多分京都


◆この日記に コメント したい方は、神戸加納町 >>> 「BAR志賀」【ブログ版】へ! (HP日記のみ更新・ブログのみの画像もあり!)

◆携帯から見るブログ版! http://bar-shiga.ameblo.jp/


加納町 志賀とはどんなヤツ?
>>>プロフィールとバイオグラフィー(一部)はこちら……

Copyright@Toshiya Shiga. All Rights Reserved.
Send Mail to Shiga