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■ 中毒性日記 2006
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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2002年 >>> サイト小説コーナー より再録です。


女は迷っていた。

神戸にある、薄暗い路地を入った看板のないこの店でかれこれ1時間程になる。グラスの足下には、さっきまでオリーブが刺してあったカクテルピンが綺麗に3本並んでいる。ハンフリー・ボガードの言った「最高のドライマティーニは、ベルモットを眺めながらジンをストレートで飲む…」程ではないにしろ、エクストラドライマティーニを注文したことを少し後悔していた。

女がここに来たのには理由がある。東京で3年付き合った男と別れてきた。傷心旅行というわけではないのだが、大都会のどこかにアイツがいるのかと思うと色々考える。そういえば男と付き合ってから、ゆっくり旅行などしていない。思い切って最終の新幹線に乗り、新神戸に降り立った。関西に住む友人の薦めで、一人で行けるバーと聞いてここに来ていた。

ずっと見ていたと思われるのも嫌だ。しかし、今を逃せばきっと後悔する。「私はいつもそうだった…」都会の男との喧嘩を思い出す。「おまえはいつもそうだ!なぜ思ったときに言わなかったんだ!!」記憶の奥にしまっていた男の声が頭の中で叫んでいる。そして女は今、言い出そうか迷っていた……。


男は気付いていた。

もう一時間は店にいる、目の前カウンターの柱と柱の間の女。一組、そして一組と客が帰っていくこの店で、二人きり。さっきから、こちらをチラチラ見ていることは分かっていた。この初めて来た女は、バーマンの長年の勘とでも言おうか、明らかに何かを訴えようとしている。突然電話をしてきた目の前で「ほろ酔い」のこの女を、知人の紹介でもあり無下には出来ない。無下にするには惜しいほどの容姿も兼ね備えていた。

女はしなやかな指を持ち、背が高い。細身だが、女性らしさ・色気も感じさせる。年の頃は30前後か。聞くと東京から来たと言う。しかしそれ以上は聞かなかった。正確には他にお客もいたものだから、聞けなかった。声は優しい、しかし力がない。何を思って一人でここに来たのか?猜疑心が旺盛なのも、男の欠点でもあった。それはいつも、女との別れを決定づけてきた要因の一つだ。昔の女を思い出しながら男は「バーテンは自分からは話すべきではない」と浮ついた心に言い聞かせていた。

「あのー…」女が薄くほのかに湿った、しかし上品な唇を開いた。

「おかわりでしょうか?」男はいつもよりも平静を装い低い声で言う。

「いいえ、他に誰もいないので聞いても……言ってもいいかしら」
標準語で、しかも綺麗な日本語を話す。かすかに潤んだかに見える瞳には吸い込まれそうな力がある。期待に膨らむ胸の内を隠しながら男は「どうぞ」とだけ言い、女の続く言葉を絞り出しやすいように穏やかな表情を作った。それが男の常套手段であり、知的な女性へのリスペクトでもある。



「チャックが開いているんです。ズボンの……」


一瞬の沈黙の後、お互いが笑ったのはこれが初めてだった。



(2002年 HP変態小説家「加納町人間交差点〜地図にない店の物語」より)


※今日のヒトコト
GW休日 4/30(日) 5/6(土)7(日)のつもり


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