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別にチョコレートを探していたのではない。
夕方、マンションの郵便受けを漁っていると、見慣れない小さな女の子が「いっぱいあった?」と聞いてくるので「いっぱい入ってるよ」と答えると、「何が入ってた?」と聞いてきた。少々返答に面倒になって「新聞だよ」と一部しかない新聞を持ちながら、訳の分からないDMの数々をポストに残し、扉を閉める。「お巡りさん?」と怪訝そうに僕を見ながら言う女の子に、一瞬なぜそう思うのか聞こうかと思ったが、急いでいたのでさよならした。
子供は「見たまま」を口に出すモノだ。それは大人になればなるほどに少なくなってゆく。どうも彼女は、僕の黒ずくめの服装を見て警官だと思ったようである(本物は黒ではないが)。子供から見れば僕は警察官だとすれば、教育上よろしくないHなチラシを持ち帰るようなことは避けなければならない。ポストの隙間に入るほどの板チョコならば、その子供に手渡すスマートさを備えたジェントルマン・志賀ではあるが、無い物は手渡せない。ジェームス山を後にした。
元町にCIGARを買いに行く。シガーと志賀のシャレではない。それは解っている(読者)。会話に「CIGAR BAR」と出るたびに、ちょいと反応する僕である。車を南京町の入り口辺りに停める。近頃お気に入りのキューバ産・パルタガスを手に散策してみる。先日、久しぶりに店に来た京都時代からの知人・K氏(今はオーストラリアに住む)に教えてもらった天ぷら屋を探す。これまたK氏の弟くんに教えてもらった福原・柳筋の焼鳥屋同様、行列の人混みに荒らされない風情は、サクサクした衣を想像させるに充分だった。近々、行くことにしよう。
しかしまぁ、カップルの多いこと。女性はバッグの他に、後で手渡すと思しき紙袋を、皆一様に持っている。バレンタインディナーでも食べながら、「はい、バレンタインのチョコ……本命よ……」って、お前は競馬か!!そしたら、ほとんどもらえない俺は大穴か!万馬券かぁ〜!!………ふぅー、失礼。
こんなおかしなイベントに取り乱す場合ではないな。いつものように店を開けよう。
金曜日なのだが、甘いカップルの登場もなく静かである。あまりに暇なので、友人に戴いた、どう考えても義理チョコなパッケージのそいつを口に放り込む。うーむ、義理の味がする……。そもそも甘いものは食べない僕だから、チョコという存在に志賀とシガーバーくらいに、チョコっと疑問を持っている(スコッチを、すこっちでも可)。チョコである必要があるのか。勝手に作られた風習に踊らされているだけなのだろう。
僕が好きなのはあられやおかきである。だから僕は来年から、バレンタイン煎餅を推奨する。煎餅は日本の伝統文化だ。バリエーションも豊富で、グレード(米・手焼き・秘伝のたまり醤油など)も多数ある。「はい、本命煎餅! あなたは義理煎餅ね」
どうだ、違和感がないだろう。これほど異国文化に毒された国はない。思い切って定例化するのだ。そうなれば……
一日限定30枚、全て手焼きで予約販売しか受け付けていない。煎餅界のゴディバと称されるのを嫌う職人は、いつも決まってこう言う。
「お台場かナンだか知らねぇが、チョコレートなんて舶来もんは、昔っから日本人の口には合わねぇんだ こちとら、煎餅だけで100年以上毎日焼いているんでぇ そんな赤鬼みてぇな奴がこねくり回したやつなんかより、煎餅でぇ! なぁ、あんちゃん、そう思わねぇかい? ほら、一枚持って帰ぇんな!」
そして街にはこんなカップルが……
「ねぇ、ちょっと開けてみてよ」
と、予約の取れないフレンチレストランの男女が突っつき合う。
「何度も何度もお醤油が焦げて大変だったんだからぁ 最高級たまりよ、タ・マ・リ! 食べてみてよ、コレ私が徹夜で焼いたのよ」
「えぇ〜、ここでかぁ〜 しょうがないなぁ……」
バリバリッ、ボリボリッ、口に入りきらない煎餅の欠片が落ちてゆく。
カップルの帰った後、ギャルソンはテーブルを片づける。テーブルクロスのバケットのくずに紛れて、見慣れない薄い欠片が……。今日はバレンタインだ。ギャルソンは、仕事を上がった後の彼女との儀式を思うと、胸躍らせいつもより早くクロスを交換し、カトラリーのセッティングを終えた。最高級の番茶も用意したし、堅焼きのため歯も治療した。甘いときはもうすぐ………ん?甘いトキ?
なるほど、チョコは甘いからみんなハマッタんだな。
そうか!……草加煎餅だけに……ガクッ、却下。
※本日の志賀・ヒトゴトではないヒトコト
【なんで、今日の日記がこんなに長かったかって? それはね、お客さんが来なかったのよ、ほとんど つまり、チョコもね よって賢太の優勝です】
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