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■ 中毒性日記 2004
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
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なんだ、また寒いのか、の神戸である。近頃の体調の悪さを、花粉症の知人にその特徴を聞くことで「俺は花粉症だ」と思うことにした。フンフン。

ビデオに録っておいた「白い巨塔」のラスト2回分を一気に観た。以前に書いたが、うろ覚えの故田宮二郎のイメージがあって第一章は見なかった。夕方の再放送を観て「ええやん」と夜の【平成版】巨塔第二章を観るようになったのだ。

矢田亜希子が出てたことも一因だ。いつ見てもカワユイ(死語)と思う。黒木瞳に関しては、高校の頃同級生から、宝塚歌劇時代の黒木・娘役(まだロング)生写真を見せつけられたことで、トラウマのように今も見守っている。若き10代の僕たちにとってあの「生」写真は、もう彼女と一戦交えたのと同等の衝撃だった。狂おしいほどに甘く切ない、気絶するほど悩ましい……モンモン。

財前は教授戦争に勝ち、上を目指すモノとして理想的な階段を昇っていくかのように見えた。しかし論点となる手術にミスはなかったが、判断にミスがあった。一人の患者と向き合う前に、彼は天高くそびえる巨塔の先端を常に見据えていた。巨塔を病棟そのものや、新しく建設予定・最新鋭の高層癌センター、そして欲望渦巻くヒエラルキーの頂点をシンボライズして一気にクライマックスへ導いてゆく。脚本も良かったのかも知れないが、40年近く前の原作を誉めるべきであろう。視聴率が高かったのは、今の混迷を象徴しているのだとも思う。

そしていよいよラストに近付いてゆく。財前教授は裁判に敗れたのと同時に法定で倒れ、自身の肺ガンを知る。おそらく後に視聴者に語られるシーンとなろう、一旦落ち着きを取り戻したかに見えた車椅子に乗る財前を、屋上まで連れ出した愛人(黒木)の「ビジネスにならない涙は流したことがないのに」と言いながらの号泣。そしてその場に倒れた財前は更に危険な状態に陥り、余命3ヶ月にも満たない生死を彷徨うことになる……。

ところがである。最終回拡大放送で、最後の10分が病院場面で切れていた。「お前には妹がいる その子は東京に……ガクッ」と親に先立たれたみたいである。

良いドラマや映画には印象的な「悪」がいるものだ。悪役が大きくなるほどに、観る側はそのドラマの先を見届けたくなる。そして最後には悪に同情すら抱いてしまう。そうなればその話は本当の意味での完結を持つ。数字に反映され、後世に語られるものとなる。僕と誕生日が同じ(関係ないが)、唐沢寿明にエールを送りたい。いつかまた最終回分のビデオで、再会したいと思っている。

財前!財前!ヅァイゼン!………ツァイツェン(再見)


※ヨソジー志賀(四十路・6月で)の「たまに吐くならこんな店・番外編
【なんだ、今日のオチ(T_T)】

加納町 志賀とはどんなヤツ?
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