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他府県ナンバーの車が多い3連休の神戸。日曜日、普段は休みだが店を開けた。「日曜は店が開いてない」というこの8年間の認識の中で、それでも「もしかして?」と通りすがる三宮在住の方や、神戸のホテルに滞在中のお客様、同窓会帰りの皆様の来店に、色々話が出来た。ゆったりと、の店もいいものだ。
日曜の朝、つまり昨日のカラオケの後、真っ直ぐ帰ればいいものを僕はジェームス山の180度海が見える高台にいた。白んできた空、明るくなるまでに帰ろうとしたが、僕は朝日を見ることにした。多分それは、ニュージーランドからのお客様から聞いた「ヒト本来の生活」の話に起因する。
隣の家が8km先、テレビは3局のみ。当然番組の終わると朝まで電波が途切れるから暗くなったら眠る習慣。スーパーまでは車で行き、買い置きをする。そんなことを笑って話す彼らは、見るからに健康そうだし笑顔に屈託がない。
そこまではないものの、僕の子供の頃はコンビニもなく、深夜でテレビが終了「砂の嵐」、正月はおせち料理しかなく、台風が来れば保存食や避難道具を確認した。年末年始の商店の休日は当たり前だったのに、昨今はおせちの意味合いもどこかに消えて、元旦からスーパーも開いている。その季節しかないはずの食物も、今はいつでも手に入る。現代人は「幸せ」に贅沢になった。
時の過ぎるのが早く感じるようになったこと。 曜日感覚がなくなったこと。
手に届くところに何でもあるということ。 モノを手に取ったり確認しないで語ってしまうこと。
映像や画面で知ったようになってること。
犠牲を払わずに、得ようとすること。
僕はそんな普通じゃなくなってしまった世の中に、ちょっと反抗してみたくなった。吐く息の白い中、山並みがオレンジ色の線になり、冷たかった空気が暖かく温かく明るさに包まれる。朝日が大阪の山、東から昇る。テレビの紀行番組やリビングから見るソレとは違うこの景色を、ただ純粋に眺めている。
身体が冷たいけれど、心が温かい。
まさしく、「人間本来の姿」を取り戻していた。
※「志賀」本日のコトゲンゴンその51《一(言)・提(言)・一過(言)》
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