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■ 中毒性日記 2003
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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冷たく雨の降る神戸に、訃報が届く。

僕が店を出した1995年8月、出入りするようになった向かいの玉撞き屋には様々な人がいた。会社の社長、うさんくさい不動産業、学生、フリーター、学校の先生、会社員、飲食店の経営者、料理人、流れの玉撞きしかしないおっさん……雀荘にも似た多種多様な人が集い、同じルールに則って、勝負のやりとりが毎晩繰り広げられる。そこに年功序列、ヒエラルキーなど存在しない。時間の許す限り玉を撞き、「熱く」なれば予定の時間や明日のことなど考えられなくなる。

まだ覚えたての頃、悔しく思うこと、腕が上の人に何度も立ち向かうことが上達への近道だった。しかし時が過ぎて「こんなはずではない」と、格下や若者に負ける不甲斐ない内容に、腹を立てることも年齢と共に少なくなってくる。それはこの世界でなくても同じ事だ。そうやって大人は老いてゆくものなのだろう。

チャーさんと出会ったのは、店を出してすぐのことだ。一緒に撞く工務店のオヤジには「ハエのとまりそうなブレイク」と言われ、身体は限りなく細く髪もボサボサで年齢不詳なその風貌が、玉撞き屋特有の「何者か判らない」人に見えた。「熱く」もならないし、飄々と笑いながら玉を撞く。負けても笑う、彼の力の無さを皆冷やかした。彼が歳より老けて見えたのも、そんなことが理由だと誰もが思ってた。でもなぜか、見ればそのシャツはコムデギャルソンだったし、ゆったりめのラインのパンツはワイズだった。不思議な人だった。

一緒に撞き始めて何ヶ月か経ち、チャーさんは初めて店に来た。細い身体に似合わずバーボンを飲む。しゃがれた声は、か細いがいつものように優しい。彼は建築事務所を経営する、40代後半のその年齢には見えない一級建築士だった。 玉撞き屋の暗黙のルールとして、どんなに業種が似ていても一緒に仕事をすることはタブーとされていた。なぜならそこに序列が生まれたり、仕事関係の金銭のもつれ・トラブルから「玉」に影響したり、どちらかが出入りできなくなる末路を何度も目にしてきたからだ。だから僕も皆に「店に来い」とは言わないし、ソコでしか出会わない人達も多かった。それゆえに、その後数回店に来てくれたチャーさんだったが、来なくなっても不思議はなかった。

数年後、彼が玉撞き屋に来たときには、更にやせ細り、更にか細い声で、もう僕たちとは玉を撞かなくなっていた。正確に言うと「撞けなく」なっていた。その力がなかった。「歩くように医者に言われている」と、手術して入院していたことを告げてくれた。でもあの優しい風貌に変わりはなかった。シャツは、またいつものようにギャルソンだった。そしてその数ヶ月後、チャーさんは逝った。

チャーさんが昔一度だけ、玉の入らない苛立ちに怒りを露わにキューを折ろうとしたのを見たことがある。「メキッ」と音を立てて木の棒にはヒビが入った。みんな笑った。チャーさんも笑ってた様に見えた。普段怒り慣れていない人にとってそうすることは疲れるしパワーがいるものだ。今から思えば、実は悲しかったんじゃないのか。すぐに何ヶ月も掛かる修理に出していたし、大切なキューに当たった事に対する罪悪感に苛まれていたようにも思う。だから負けて笑ってたチャーさんは、実はいつも心の中で悔しかったんじゃないのだろうか。

キューは修理から戻ってきたけれど、チャーさんは玉撞き屋に戻ってこなかった。ご家族にはあのキューを持っていって、チャーさんは優しかったこと、そしてご家族も多分知らないであろう、極稀に「熱かった」ことを伝えようと思う。

チャーさん安らかに、そして飄々と。
たまにはソコから叱ってくださいな。


※「志賀」本日のコトゲンゴンその11《一(言)・提(言)・一過(言)》
【チャーさん、僕はまだまだ熱くて困ってますわ……】

※ラブリー志賀の「干しぶどう日記・6日目」>>>キッカケはコチラ!
【「雨の日や夜には冷蔵庫に入れておく」などと、干し柿では考えられない情報が届く 今更ながら冷蔵庫に入れる しかし遙か昔の人は、冷蔵庫などには入れなかったんだと思う と言いながら、でかい冷蔵庫に入れてやった 今日は廊下に立たされた小学生のような「干され葡萄」ではない 「彼」はちょっと、はにかんで皿の上で眠りについた】

加納町 志賀とはどんなヤツ?
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