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■ 中毒性日記 2003
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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木曜の店が早く終わって家で「千と千尋の神隠し」を観るも、ソファに眠ったまま40分が過ぎていたのでまた巻き戻し、返却できる日はまだ遠いと思う。昨日のカレーのせいではないと思うが、なんかグッタリして、ビデオをそのままにして久々に充分な睡眠をとった。

寝過ごして、振り込みも出入金も出来なかった金曜日、一般に暇だと言われる2月最終日は静かに自分のペースで店の時間は進んだ。

東京出張でそのまま大きな荷物と共に来た頼くんと話す。余談だが、相手の話に反応しながら否定せずに尊重し、そこからまた自分の意見を言ってくれる人は信用できる。それが会話だと思うが、彼もそんな男だと思う。

頼くんはあるブランドのディレクターをしているのだけれど、今社内で「伸びている」人の話をしてくれた。その人の接客に愛情を感じるというのだ。それは、自社ブランドで全てコーディネートを勧めるのではなく、そのお客様が前に履いていた他ブランド・イタリアの靴を覚えていて「あの靴にはこんなのを合わせてみればどうでしょう」とその人のパーソナリティに応じた接客術、対話を大切にしている。それは僕がよく言う「営業ではなく提案」であるのだと思う。

前に書いたように、忙しすぎて他社の映画を観られない配給会社の営業社員には説得力がない。自社ブランドに愛情があるのは最低条件だけれども、他を知って自分を愛する、そして自分に関わる他人を愛する気持ちは本物だ。

彼の知り合いの店の話になった。

ある焼き肉屋さんが、そこを閉めて別の場所で店を再開した。そして仲間や常連だったお客様が新しいその店に当然足を運ぶ。酒を扱う店と多少似ているのかも知れないが、焼き肉も素材を生かすことが大切だろう。それは裏を返せば、その見せ方であったり、出し方であったりの演出に掛かっている。新しくなった店で食べた肉は、なぜか以前よりは美味しく感じられなかったそうだ。

何が違ったのか?お金が出来てそうなったのか、「今風」の内装にするためにそれを選んだのかは分からないが、裸電球が蛍光灯に変わってしまってたこと、あの電球が更に素材を美味しくさせていたことに彼は気付いた。そしてその焼き肉屋さんに彼は、提案をした。あの頃のように裸電球に戻ったその店に、昔来ていたお客様もまた戻ってきたという。

近くにその人や店を見続けてくれている人がいること、そこの何かが変わったことを伝えてくれる仲間がいることは幸せである。蛍光灯よりも裸電球に愛があったことを見抜き、伝えた彼の感性に、店を続ける本質があるような気がした。

そして僕も今、愛情のアリカを反芻している。


※本日の志賀・ヒトゴトではないヒトコト
【「好きなことの話は、延々と熱く、時間を忘れるものである」 スポーツ好きの3人が、最初は似ていない物真似合戦だったけれど、終盤は真剣に語ってた 閉店時間が過ぎたけれど、最後までそっとしておいた……】

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