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■ 中毒性日記 2002
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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ひま、ヒ〜マ、Hima?どんな言い方をしても、この静けさを社会状況のせいに全て置き換えるのは、あまりに都合のいい解釈だ。打開する手だてや責任は、僕にある。でも、カラオケは絶対置かない。

どれだけの人が、今日の日記に神戸製鋼の敗戦について書くことを望んでいるのか、それは定かではないが「また、有名どころネタかいな!」と言われようが、書きたいものは仕方がない。それが僕の信条・心情だ。

周知の通り神戸製鋼は、ヤマハ発動機に敗戦を喫し、このシーズンの続きを辛い状況で迎えることとなった。怪我人も増えた。明るく振る舞った選手からの電話も、わざわざ送ってきたメールも、前を向こうとする気持ちと、悔しさと無念が交錯しているように思う。ここに、僕がどうのこうのと書くのも、何が解るんだ!と言われそうだが、やはりそれは僕が勝手に考える気持ちなのだ。

日記というモノを続けるメリットは「過去を鮮明に振り返ることが出来る」ことであろう。それは、悲しい出来事や、自分の力になるものまで幅広い。1/14の日記「Steelersが負けた夜」で、関西リーグでの優勝を決める一戦の日のことが分かる。あの日は、そうだったか、なんて思いながらしかし今回の敗戦は、皆複雑な思いだったのだろう。まとまって打ち上げをするという気持ちにはならなかったようである。彼らはそれぞれの夜をそれぞれの場所で過ごした。

ユダヤ的発想ではないけれど、砂漠の水筒の水が「もう半分しかない」と思うか「まだ半分もある」と思うかの違いが、おそらく一般的な日本人と欧米人の違いだと言ったりする。僕はその説は正しいと思ってる。いつだったか、彼らが集まって騒いでいたときにこんなことがあった。

最初出していた、キリンビールが底をついた。今から思えばくだらない配慮だったのかも知れないが、僕は申し訳なさそうにモルツを出した。2月3日に、東京でサントリーに敗戦した苦い思いがあるのだろう、何人かの選手が「モルツなんて置かないでくださいよ、そんなビール飲みませんよ!」とビール好きの彼らにして、こう言わしめてしまったのだ。

ところが、更に輪を掛けてビール好きのアンディー・ミラーやハッキー・アングレッシーは、OK!とそれらをグビグビと飲んでゆく。
「サントリーを飲み干してやる〜!」笑いながらそう言っていた。

もう目にしたくない、出来るなら会いたくない人がいたりする。僕も含めて、その辺は不器用だと思う。何も欧米的発想がベストだとは思わないが、豊かな気持ちと受け皿のある人間の集団であって欲しいと願う。まだ、始まったばかりだ。

相手がヤマハ発動機なら、「パスっ」とラクーンを追い越すように乗りこなして欲しいわけだ。(解りにくいな……電動アシスト付き自転車の事ね)


※本日のカウントダウン・ダジャレー男爵志賀 〔今年もあと『30』日……〕
【12月である あららありゃりゃのうちに12月である 時の経つのが早いというが、それを焦りと取るか、楽しいことはアッという間だという「日々を謳歌している」と取ることができるか、それが問題である】

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