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■ 中毒性日記 2002
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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土曜日、昼に起きテレビをつける。ラグビー神戸製鋼とトヨタの試合が始まっていた。そして試合が終わる。勝ったのに、色々な思いが交錯したのかなぜか一人泣いている選手が見える。久しぶりにフル出場した選手だ。

泣くことを少し格好悪いと思う人は多い。僕もずっとそうだった。映画館でも人知れず泣こうとするし「男なんだから」と泣くことを我慢しようとする。『泣く』という行為自体は、歳と共に増えていく。涙腺が弱くなる、ってやつだ。赤ん坊に始まり、親に叱られて、クラブの試合で勝って、みんなで作った学園祭の出し物が完成したときに、告白した相手に振られて……しかし今、大人への階段を登る度に、確実に公の場で泣くことを意識的に遠ざけていくことが「世間体」などと言ってしまう。少なくとも僕はそうだった。

うそ泣きなんて言葉があるが、俳優でもない限り本当はそんなものはないと思ってる。喜怒哀楽に於いては少し違っていて、笑顔も、怒りも、哀しみも、楽しい顔も、それは作り笑いであったり、悲劇の主人公を装ったり出来る。哀しみに近いその表情は演じられても『涙』だけは泣こうと思って出せるものではない。

時に嬉しく、時に悔しく、また時に悲しみの涙を流す。恋愛に作為的に泣く人はあっても、そうでない涙には基本的に嘘はないと思う。

大人になって人前で泣くことが恰好悪いのではない。涙を見せることの出来る人が、身近にいることの方が重要なのだ。そんな相手なら心の底から笑えるし、議論も出来る。実は、堂々と泣ける場所が年に数回僕にもあって、その姿を見た人にはいつも、鬼の首でも取ったかのようにネタにされている。


※本日のダジャレー男爵・志賀
【「人造バラン」って書いた古い箱を見つけた さてこれはなんでしょう?……答え 定食屋にあった、弁当などの仕切に使う笹の葉のイミテーションのこと キカイダーみたいで、時代を感じたわいわい】

※「志賀」に来た、ちょっとEE(ええ)メール
【昨日このコーナーに書いた女性から、「なんでラーメンなんや?」の答えが返ってきた 「サカタラーメンの話ですヨぉ〜」とメール どうも彼女が言いたかったのは、福岡の博多のことらしい わしゃ、札幌ラーメン食べにタクシーで行く、「アッと、そのとき」ユースケ・サンタマリアか!】

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