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■ 中毒性日記 2002
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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7/20の日記にあった映画のパンフに紛れて、表題のライブパンフが出てきた。1984年、大阪南港フェリーターミナル前広場にて7月28・29日にラジオ大阪主催、提供サントリーで開催されたものである。18年前の夏、今では普通にいたるところで行われる野外ライブ、当時としてはまだ新しい夏の大イベントだったと思う。しかし、JAM JAM……ちょっと笑える。

と言いながらも、僕には全く記憶がない。これは当時「THE MODS」ファンだった弟が行ったのだろう。ご丁寧に、二日間通しチケットとチラシが挟んである。なかなか豪華メンバーであるので、まず28日のラインナップから。

昼にはまだ当時オープニングアクトの位置である、「REBECCA」(ノッコVo.のやつね)がいる。14:35〜は今、松田聖子と噂の「原田真二」、15:30〜はヘビィメタルの雄「アースシェイカー」その次に「浜田麻里」(懐かしい!)、17:00夕方になると、鮎川誠の「THE ROKKETS」石橋凌「A・R・B」…「THE MODS」で終演。そのモッズのコピーは「彼らはギャングだ、狙撃兵だ。そして挫折を味わったことのある少年だった」すげー!!

29日オープニングは「東京JAP」摩天楼ブルースを唄ってた人達、今はDJ?赤坂泰彦がいたな。次は「P.J.」ピッ、ピィ〜ジェ〜!!14歳の黒人のハーフでレゲエを唄う、どこ行った?昼からは「大沢誉志幸」「斉藤誠」と続く。15:15〜うじきつよしの「子供ばんど」、17時からのチャー、当時は竹中尚人(竹中直人でない)だった「PINK CLOUD」、夜は「上田正樹」悲しい色やね♪は、二十歳だった大学時代よく唄ったものである。オオトリは「RCサクセション」忌野清志郎だよ、♪どうしたんだい、ヘ・ヘイ、ベイビー!だよ。すげー!すげー!

サイドステージには、ゴンザレス三上とチチ松村(現在ゴンチチ)が演ってたりして、なかなかおもしろそうだ。日本航空の広告、ドジでノロマな亀「堀ちえみ」がパンフの見開きを飾る。中盤の「憂歌団」のアルバム(レコードね)広告のコピー「流行ってやらない!でも酔わせてあげる!!」これはいいなぁ。スペシャルプロデューサーが「小松左京」って、あの日本沈没の人か?

で、先日店でこのパンフ、神戸のFM・DJのお客さんに見せた。その子がふと「8月2日、公開生放送でハーバーランドに石橋凌さんゲストで来るよ」と言う。「で、サインもらっとこうか?」って熱烈なファンならまだしも……と思ったりしたが、18年も前のパンフレットにサインするなんて、本人もさぞお喜びだろうとお願いする。生放送が始まる前に、彼女はサインをもらってくれていた。小さな約束を守る、なかなかいい子である。しかし、しか〜し石橋さん、

サインの日付「02.2.JULY」ってなっとります。


※志賀私的伝言板
【いつもの夏のハガキ、お客様にお送りしました!!】


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