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■ 中毒性日記 2002
志賀のひとりごと、日記に綴ってみました。
変態小説家
志賀による、「志賀」を舞台にした空想連載小説。
志賀自賛
志賀の、「志賀」にかけた想いのあれこれ。
年中ムキューっ
志賀、昼の顔。
The Right ? Staff
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ここ数年、名の知れた会社の崩壊は耳慣れた感があるが、また昨日、服飾ブランド「ハナエモリ」が倒産した。誰の目にも映った栄華、これはこの業界に限ったことではなく、芸能界、スポーツ界、政財界……人の目に触れるほどにその衰退はあからさまに取りざたされる。維持し続けることの難しさがここにある。華の命は短い。「ハナエモリ」とは皮肉なものだな。


雨の降る木曜、店には神戸製鋼のお客様がいる。と言っても、すべてがいつものラグビー選手ではなく、今回の主役は人事部?荒木くん、30歳である。僕の知る限り、彼の部署にはラグビー部が多い。弘津、増保、(プロ契約した伊藤剛臣・苑田もそうだったかな?)とにかく多い。彼等の選手権が終わると決まって荒木くんを連れて店に来てくれた。シーズンの終わりを納めるのではない。荒木くんの「お疲れさん」会である。

一部のプロ契約選手を除いて、日本の社会人ラグビー選手は皆、会社員である。フォローするわけではないが、多少の優遇(練習に伴う就業時間の短縮、合宿・遠征に要する期間の考慮など)はあれども彼等はちゃんとネクタイもするし、営業もする。当然、年齢に応じポストも与えられる。しかし、シーズンに入るとラグビーへの比重はやはり過度になる。会社にいない彼等の分、必然的に仕事の比重は残された者にのしかかる。

荒木くんは、強豪で名高い大学のアメリカンフットボール部員だった。卒業後、彼はフィールドを変え、時に何人分もの仕事をこなしてきたことになる。そしていつも、ラグビーシーズンの終わりは、彼への感謝の意を込めての労いの会が行われることが慣例となっていた。しかし、今日は違っていた。6月から彼は異動で東京に勤務することが決まったからだ。

僕が言うことじゃないが、本当に彼は大変だったと思う。弘津や増保からはいつも、彼の負担について聞かされた。どこかにぶつけたい思いがあったのかも知れないが、彼はいつも店に皆で来る度に「心配ない」と言わんばかりに、楽しく過ごしていた印象がある。しかし華やかなラグビー選手である彼等の傍らにいて、一線でアメリカンフットボールに明け暮れた彼の心中は複雑であったに違いない。さぞかし解放されて安堵感溢れる顔かと思いきや、浮かれない顔でいる。

深夜、ソファーに座る彼等8名しかいない店となった。トイレから帰ってきた荒木くんはカウンターに一人座る。「お世話になりました」と何の世話もしていない僕に、語りかけてきた。「九州から出てきて、神戸に勤務、そしてまさかの東京。だんだん東へ行っちゃいますね」と笑いながら言う。「すぐに役立たずで帰ってくるかも知れませんけどね」とまた笑みを浮かべる。

「やっぱり僕、神戸好きやなぁ……」とポツリ感慨に耽る彼であった。

「ひとまずお疲れさま。いつかまたみんなで会おう、ここで」

店を続ける理由がまたひとつ増えた。


※志賀私的伝言板
【僕も神戸は、もう第二の故郷になっている いい街です】


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